仁徳天皇陵古墳、百舌鳥・古市古墳群が世界遺産へ!諮問機関イコモスとは?

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • 0

スポンサーリンク


Contents

①【仁徳天皇陵古墳、百舌鳥・古市古墳群】について

②陵墓が初の世界遺産登録へ

③諮問機関【イコモス】とは?

こんにちは!昨夜またまた日本が世界遺産に登録へと言う速報が入ってきましたね。国連教育科学文化機関(ユネスコ)の諮問機関は日本最大の前方後円墳【仁徳天皇陵古墳】や【百舌鳥・古市古墳群】を世界文化遺産に登録するよう勧告した。全49基の古墳が対象となっているようですので、調べてみました。

【仁徳天皇陵古墳、百舌鳥・古市古墳群】について

古墳群は大阪府南部の百舌鳥地域(堺市)と古市地域(羽曳野市、藤井寺市)にあり、当時の政治や文化の中心地の一つに当たります。現存する89基のうち形がよく残っている、4世紀後半から5世紀後半の49基を構成資産とした物。

様々な規模や形の古墳が密集しており、仁徳天皇陵古墳(墳丘長486メートル)、応神天皇陵古墳(誉田御廟山古墳、同425メートル)といった巨大前方後円墳も含まれ、29基は陵墓などとして宮内庁が管理しているようです。

★【百舌鳥・古市古墳群】とは?

百舌鳥・古市古墳群は、古墳時代の最盛期(4世紀後半から5世紀後半)にかけて築造された、古代日本列島の王たちの墓群です。古代日本の政治文化の中心地のひとつであり、大陸に向かう航路の出発点であった大阪平野に位置しています。

墳丘の長さおよそ500mにおよぶものをはじめとする、世界でも独特な鍵穴型の前方後円墳が多数集まり、これらと多数の中小墳墓が密集して群を形成しています。

本資産の古墳には、前方後円墳帆立貝形墳円墳方墳という4種類があります。これらの型式は、日本列島各地の古墳の規範となった標準化されたものでした。

世界各地の多くの墳墓の墳丘が棺や室に盛土・積石しただけのものであるのに対して、古墳の墳丘は葬送儀礼の舞台として幾何学的なデザインを施し、埴輪などの土製品で飾り立てた建築的な傑作でした。

また、立地にも特徴があり、「百舌鳥エリア」では大阪湾を望む台地上に、「古市エリア」では丘陵や台地上に立地し、古墳の巨大さを引き立てる場所を選んだと考えられています。

11基の前方後円墳

巨大前方後円墳(200m超の前方後円墳)11基のうち、4世紀後葉から5世紀後葉にかけて築造された「仲姫命(なかつひめのみこと)陵古墳」「履中(りちゅう)天皇陵古墳」「応神(おうじん)天皇陵古墳」「仁徳天皇陵古墳」「允恭(いんぎょう)天皇陵古墳」「ニサンザイ古墳」「仲哀(ちゅうあい)天皇陵古墳」は、各々の築造時期の最大または最大級の規模を誇っています。

また、この7基の周辺には、「陪塚(ばいちょう)」と呼ばれる中小の古墳が衛星状に取り囲んでおり、主となる古墳の被葬者の権力の大きさを知ることができます。
さらに、うち5基の古墳では、2重・3重の濠で墳丘を囲んでいて、「外界からの遮断」や「濠に浮かぶ墳丘」という情景上の演出が行われています。

★【仁徳天皇陵古墳

全長約486m/後円部径約249m/高さ約35.8m/前方部幅約307m/高さ約33.9mの日本最大規模前方後円墳。『延喜式』は、この古墳を「百舌鳥耳原中陵」(もずのみみはらのなかのみささぎ)と命名し、現在は宮内庁が第16代仁徳天皇の陵墓に治定・管理している。墳丘は3段に築成され、左右のくびれ部に造出し(つくりだし)があり、三重の濠がめぐっているが、現在の外濠は明治時代に掘り直されたもの。明治5年(1872)、前方部で竪穴式石室に収めた長持形石棺が露出し、刀剣・甲冑・ガラス製の壺と皿などが出土した。また、アメリカのボストン美術館には、本古墳出土と伝えられる細線文獣帯鏡や単鳳環頭太刀などが所蔵されているほか、円墳周囲には、「陪塚」(ばいちょう)と呼ばれる、小型古墳10基以上も確認されている。約2.8kmの周遊路が整備されており、一周するには1時間かかる。

いやー、メチャクチャ大きなお墓ですよね。まだ一度も行った事ないですが、おそらくこれから世界遺産に登録されたら世界中から外国人観光客の方がたくさん来日するでしょうから、行くなら今のうちに行っておくべきかもですね。なので、私も早めに行きたいと思います。

スポンサーリンク 


陵墓が初の世界遺産登録へ

記者会見した文化庁の説明によると、勧告は古墳群を「傑出した古墳時代の埋葬の伝統と社会政治的構造を証明している」と評価。「顕著な普遍的価値」を認めたとの事。

日本政府は古墳群を古代日本の政治や文化、建築技術を知る貴重な資産として推薦。仁徳天皇陵をはじめ宮内庁が皇室の祖先の墓とする「陵墓」が29基含まれており、陵墓が世界遺産に登録されれば初めてとなります。

世界遺産委は6月30日~7月10日にアゼルバイジャンのバクーで開かれる。日本国内には文化遺産が18件、自然遺産が4件あり、古墳群が登録されれば23件目で、日本からの登録は6年連続

構成資産に陵墓が含まれることも踏まえ、勧告は慰霊の行事や祭りが行われることなど「無形的側面」を記録していくことの重要性にも触れ、周辺自治体と協議しながら対応していく方針のようです。

仁徳天皇陵古墳など一部の名称を巡っては、被葬者が特定できていないとして学界などに異論もあるが、日本政府の推薦書は宮内庁が陵墓として管理していることを踏まえ「天皇陵古墳」と表記。

古墳群は2010年に国内候補の暫定リストに登録され、4度目の挑戦だった17年の文化審議会で国内推薦が決まった。18年9月にはイコモスの専門家が現地を訪れて調査しております。
スポンサーリンク


諮問機関【イコモス】とは?

ちなみにちょいちょい出てくる諮問機関?実際に今回発表されたのはユネスコからではなく、『諮問機関による勧告』と言うわけで、まだ世界遺産に最終決定ではないんですよね。と、言うわけで勧告してくれている諮問機関【イコモス】とは何ぞや?と言う事で調べてみましょう。

イコモスとは…(抜粋)

国際記念物遺跡会議(ICOMOS/ International Council on Monuments and Sites)のことで、文化遺産保護に関わる国際的な非政府組織(NGO)です。1964年にユネスコの支援を受けヴェニスで開かれたSecond International Congress of Architects and Technicians of Historic Monuments (第2回歴史記念建造物関係建築家技術者国際会議)で、記念物と遺跡の保存と修復に関する国際憲章(一般にはヴェニス憲章の名で知られています)が採択されました。これを受け1965年にイコモスが設立されました。

ユネスコをはじめとする国際機関と密接な関係を保ちながら、世界文化遺産の保護・保存、そして価値の高揚のための重要な役割も果たしてきました。文化遺産保護の原理、方法論、科学技術の応用の研究などを続けています。またユネスコの諮問機関として、世界遺産登録の審査、モニタリングの活動を続けています。現在、参加国は127カ国、会員は10000人以上にのぼる。

また、地震などが起きた際は、特別委員会を設け、文化遺産の復旧の観点から専門家の見解を示すこともあり、最近では熊本地震に関する文化財の被害状況と復旧・復興への提言をしているようです。

どうやらユネスコの正式な諮問機関のようで、世界遺産登録等の為に様々な調査を行っているようですね。こんなところが勧告してるんですから、ほぼ99%決定と言っても良いかもですね!昨年の9月にも直接この古墳の現地調査も行っておりますし、納得ですね。

世界遺産に登録すると言う事は一人の力では無理で、様々な観点やたくさんの機関が関わって長い歳月をかけて、公の場の最終決定されるでしょうから、またその責任の重さも重大です。

今回またこうやって前回の富士山に続き世界遺産登録となる事は日本にとってとても誇らしい事ですし、喜ばしい事です。6月に行われるユネスコ世界遺産委員会を楽しみに待ちましょう。世界中がまた沸き立つ事でしょうから。

ですが、まだまだこの日本には世界唯一の地域・無形文化遺産の物がたくさんありますので、ひとつでもたくさんの物が登録される日を期待して、私達もこの日本を美しく保てるように努めていきましょう。

スポンサーリンク 


シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする